大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)1967号 判決 1949年12月06日

主文

原判決を破毀する。

被告人井森隆男、同信雄、吉井宗重郎を各懲役五月に処する。

被告人吉井宗重郎に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押收の現金二万円(証第一号)を没收する。

原審の訴訟費用は被告人三名の連帶負担とする。

理由

被告人吉井のための弁護人戸毛亮藏、被告人井森隆男のための弁護人竹野竹三郎、被告人井森信雄のための弁護人元林義治の各上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。

(一)戸毛弁護人の論旨第一点は、原判決の挙げた証拠によっては本件贈賄幇助の事実は証明できないから、原判決は理由不備だ、というのである。しかし原判決が証拠として挙げたところを綜合して判断すれば、被告人吉井が被告人井森両名から尾上伊藏を介し警察への寄附金名義で警察署長竹岡重太郎に贈賄するために金二万円を受取りその旨を右署長に傳達した事実を認定するに足るのであって、原判決は証拠によらずして事実を認定したものだというのは、ひっきょう証拠の証明力について独自の見解により異論をさしはさむにほかならず、論旨は理由がない。

(二)同論旨第二点は、原判決は、本件贈賄の相手方を單に新庄町警察署長竹岡重太郎と判示するだけで、同人が判示食糧管理法違反被告事件について如何なる権限を有するのかを明かにしていない、すなわち同人の権限職務の内容を判示していないから、理由不備である、というのである。しかし、判示新庄町警察署長は自治体警察の警察署長であるから、警察法第四九條の定めるところにより、警部補以上の警察吏員たると市町村警察長かこれを兼ねている場合たるとを問はず、警察署長として上司の指揮監督を受けて管轄区域内における警察事務を執行し部下の職員を指揮監督する権限を有するのであって、警察事務は、警察法第一條により、犯罪の捜査と被疑者の逮捕とを含むことが明かであるのみならず、同法附則第一九條は「他の法令中警察官に関する規定は、当該警察官及び警察吏員に関する規定とする」としているので、旧刑事訴訟法第二四八條の適用上判示警察署長が犯罪捜査の権限をもつことは、むしろ当然である。それゆえ、原判決が單に新庄町警察署長としただけでその職務権限の内容を具体的に説き示していなくとも、被告人吉井に対する贈賄幇助の事実の判示として何等欠けるところがなく、所論のように理由不備の違法があるとは言えない。

(三)同論旨第三点は、原判決は被告人吉井が賄賂を提供したと判示したが被告人のどういう行為を以て提供と判断したかを明示していないから、理由不備である、というのである。なるほど刑法第一九八條には「賄賂ヲ供與シ又ハ其申込若クハ約束ヲ為シ」とあって、「提供」という言葉が用いられていないが、この規定は昭和一六年法律第六一号で改正されたもので、改正前の法文には「賄賂ヲ交付、提供又ハ約束」とあったのである。そしてこの「提供」というのは利益を現実に收受し得べき状態に置く場合に限らず、口頭を以て相手方に対し賄賂の收受をうながす意思を表示する場合を含む、と解釈されていたのであって、その意味で現行法文の「申込」は口頭提供に当り、原判決が「提供」と言ったのは被告人が賄賂の申込をしたのを指すことは明白であり、理由不備の論旨は理由がない。

(四)同論旨第四点は、原審が刑法第一九七條ノ四を適用して「押收の現金二万円を没收する」と判決したのは違法である、と非難するのであるが、この論旨は正当である。刑法第一九七條ノ四は「收受シタル賄賂ハ之ヲ没收ス」というのであるが、本件における問題の二万円は相手方によって收受を拒否されたのであって、すなわち「收受シタル賄賂」ではないのであるから、同條によって没收し得べきものではないのである。すなわち原判決はこの点において違法であって、破棄をまぬかれない。

(五)同論旨第五点は、本件公訴事実は被告人吉井が金二万円を收賄したというのであるのに、原判決が被告人は金二万円につき贈賄の幇助をしたと判決したのは、審判の請求を受けなかった事件につき審判した違法の判決である、と非難する。しかしながら、所論の公訴事実と原判決の認定事実とは範囲を異にせず、すなわち被告人井森両人が警察署長に贈賄せんとしたその橋渡しが被告人吉井だったという事実は全然同一なのであるが、吉井が公安委員であるため、これを警察がわなる贈賄の相手方と見ての起訴だったところ、取調の結果吉井が贈賄者がわの幇助者であることが判明した次第であって、原判決に公訴の範囲に属しない事実を認定した違法があるとは言い得ず、論旨は理由がない。

(六)竹野弁護人の論旨第一点は、前段(五)と結局同趣旨であるから、その理由のないことについても、前段の説明を援用する。

(七)同論旨第二点は、前掲(二)と結局同趣旨であるから、その理由のないことについても、その部分の説明を援用する。

(八)同論旨第三点は、賄賂の提供は犯罪を構成せず、かつ贈賄の意思が相手方たる新庄町警察署長に傳達されていないから、被告人井森隆男は罪にならない、というのである。しかし贈賄の提供が刑法第一九八條ノ四の「賄賂の申込」を含むことは、前掲(三)に説明した通りであり、そして贈賄の趣旨が被告人吉井を経て新庄町警察署長に傳達されたことは、原審が証拠によって認定したところであって、論旨は理由がない。

(九)同論旨第四点は、前掲(四)と同趣旨であって、その論旨が理由のあることは、その部分で説明した通りである。なお論旨は、押收の二万円につき証拠調をしなかったことを違法とするが、それを犯罪認定の資料として証拠に採用する場合でなければ、押收物について公判廷で証拠調をする必要はないのである。また、没收が何人に対して命ぜられたのか判文上知り得ない、と非難するが、問題の二万円が一万円ずつ被告人井森兄弟の支出であること、從って没收が右両名に対して命ぜられたものであることは、判文上明白である。(昭和二三年(れ)第一一二号同年七月一四日最高裁判所大法廷判決参照)

(一〇)同論旨第五点は、原判決には採証の法則と経驗則とに反したるまたは理由不備の違法がある、というのである。しかし所論は原判決の採用しない被告人らの供述または供述記載を基礎として原判決の事実の認定を非難するものであって、上告の適法な理由にならず、また原判決が採用した証拠についても、採証法則経驗則違背または理由不備の違法があるとは認められない。

(一一)同論旨第六点は、原判決が証拠に供した被告人吉井の供述および被告人井森隆男の供述記載はいずれも判示のごとき趣旨ではない、と言うのであって、これまた採証法則違背、経驗則違背および理由不備の主張である。しかし、所論の供述ならびに供述記載はいずれも原判決摘録と同趣旨と解されるのであって、所論のような趣旨とは考えられず、論旨は理由がない。

(一二)同論旨第七点については、原判決原本の日附が昭和二四年五月一日でない場合には撤回する旨の附記があるところ、右の日附は記録によれば、明白に「五月一〇日」となっているゆえ、論旨は撤回されたものと了解する。

(一三)元林弁護人の論旨第一点は、結局「提供」という用語についての議論であるが、その点はすでに前掲(三)において説明したところであって、論旨は理由がない。なお提供という用語は公文書平易化の要求に反するという所論が上告の理由にならないことは、言うまでもない。

(一四)同論旨第二点は、(甲)として、原判決の挙げた証拠によれば本件二万円が警察への寄附金として提供されたことは認められるが警察署長竹岡重太郎への賄賂として提供されたことは認められ得ない、と言い(乙)として、たとえそれが賄賂として認められ得るとしても、提供者は被告人井森隆男のみであり、被告人井森信雄の提供意思は警察署長に傳達されていない、というのである。しかし、本件二万円が寄附金名義で実は賄賂として提供されたものであること、およびその提供者が井森隆男同信雄の両名であることは、原判決が証拠によって認定したところであって、その認定は採証法則あるいは経驗則に反するものとは考えられず、論旨は理由がない。

(一五)以上の各論旨は、(四)および(九)に挙げたものを除いては、すべて理由なきものと認めるのであるが、右両段に述べた通り、原審が刑法第一九七條ノ四を適用して「押收の現金二万円を没收する」と判決したのは違法であって、論旨は理由があり、この点において原判決は破毀をまぬかれない。しかし刑法第一九七條ノ四は同法第一九條を排斥するものではなく、問題の現金二万円は贈賄の「犯罪行為ヲ組成シタル物」として刑法第一九條により没收せられ得べきものであるから、その処置を執るのを適当と認める。

よって、旧刑訴法第四四七條により原判決を破毀する。しかし、原判決の違法は法條の適用に存し、事実の確定に影響を及ぼさないものと認めるから、同法第四四八條により当裁判所自ら判決することとし、原判決が証拠によって確定した事実を法律に照らすに、被告人隆男、信雄の所為は刑法第一九八條第六〇條に、被告人宗重郎の所為は同法第一九八條第六二條に夫々該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人宗重郎については同法第六三條第六八條第三号に則って從犯による減軽をし、各々其の所定刑期の範囲内において、各々懲役五月に処し、被告人宗重郎に対しては同法第二五條を適用して三年間右刑の執行を猶予し、押收にかゝる現金二万円は本件賄賂申込罪の組成物件で、犯人以外の者に属しないから同法第一九條第一項第一号第二項本文に從って、これを没收し、原審の訴訟費用は旧刑訴法第二三七條第二三八條を適用して被告人等三名をして連帶して、これを負担させるものとする。よって、主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員の一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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